265日という節目の日を迎え思う事‥‥
完全断射で始めたオナ禁も265日目を越えました。
夢精も一度もしてないので、265日間、射精はしていません。
完全断射にて、オナ禁のおかげで良い効果もあった反面、辛い日々もありました。
オナ禁を共に挑む、同士達にも出会い良い刺激と、ともに自分の知らない知識をいただいたおかげで265日という日を迎えられた事に感謝します。
今までダ・ヴィンチも「オナ禁へのいざない」として自分がオナ禁の体験を書いて来ました。
書くことが思いつきましたら、また書こうと思います。
皆さんに1つ謝らないといけない事があります。
ダ・ヴィンチは「オナ禁へのいざない」にてエロへの排除ということをしつこい程に説いてきました。
人に言って、おきながら自分がエロへの排除が出来ていない時もありました。
エロい妄想にふけってみたり。
YouTubeで微妙にエロいグレーゾーンな動画を見てしまった時もありました。
たまにFC2ライブのアダルト版も見ていました。
最近は忘年会、新年会はお酒を飲む席が多くなり色々とありました。
会社の社長が行く飲み会に連れて行ってもらう事がよくありました。
社長の友人達もまた会社を経営してる人ばかりです。
家庭を持ち経済的にも余裕のある人達です。
ダ・ヴィンチは彼女がいないことは社長も友人達も知っています。笑
そんな人達と飲みに行くとどうなるか?
奥さんもいて、経済的に余裕があり欲しい物も手に入れた人達です。
面倒をみてる年下の人達に、女の子のいる店などに連れて行って後輩君がその後どうなったのかを聞くのが楽しいらしいです。
ダ・ヴィンチには理解できぬ、楽しみです。笑
すごく気にかけてくれる良い社長と友人の方達です。
ですがここには、大きなトラップが仕掛けられてるとダ・ヴィンチは思ってます。
ダ・ヴィンチは経済的に余裕なくせに車は買わない、家も買わない、無駄にお金を使ってないのは社長は気がついています。
なら最終手段で女を紹介して家庭を持たしてお金を使わせてやろう。
一生、社蓄奴隷にして働かせやろうという作戦なんじゃないかと思っています。
このように、推測しております。
ダ・ヴィンチの勝手な一方的な思い込みかもしれません。笑
1月の飲み会では、何件もお店をハシゴして酔っぱらっていました。
最後に行ったのが外人パブです。
そこでは、酔っぱらっていて、ポッキーゲームしながらキスしまくってしまいました。
そのお店はショータイムがありチップをもってステージ行くと、過激なサービスができます。
社長がチップ代までわざわざくれて行ってこいというのです。笑
もちろんお金返しても、受け取ってくれません。
あまり拒否しても、ゲイだと思われるし、男として恥ずかしいので、もちろんチップ持ってステージに行きます。
ステージでは、オッパイ触ったり、舐めたりして擬似セックスしました。
入れてなく、スマタでもないです。
パンツは履いてました。
もちろん、射精もしてません。
社長の友人達が、仕事の接待などで使ったりしてるので店側も過激にサービスしてくれのです。
次の日、酔いが覚めてから少し後悔しました。
ダ・ヴィンチにとってエロ(ポルノ)とはなんなのか考えてみました。
ポルノの始まりは小学校の時の話しになります。
自宅にあった親父のエロ本を発見しました。
最初は1人で見ていたのですが、そのうちに、自宅に遊びに来る友人にエロ本を見せてあげました。
エロ本を見せてあげるとダ・ヴィンチはスゴいとみんな尊敬してくれました。
もっと、ポルノ知識をつけないと思いだし、ダ・ヴィンチのポルノ探求の旅が始まりました。
恥ずかしい話しなんだが、自慰は幼稚園の時からしてました。
精子はまだ出ないので、あれを自慰とよべるのかが謎ですが、気持ちいいからしてました。
ポルノ探求心を得た、大きな出来事がおきたのは、中学生の時です。
今から、15年以上も前の話しなのでDVDなんてまだなくビデオの時代でした。
学校に下校する途中の道に木々が生い茂り、ひたすら続く階段がありました。
そこで、袋にいっぱいに詰められてる裏ビデオを拾いました。
ジャンルも豊富で洋モノからSMとありとあらゆるジャンルがありました。
最初はやっぱり、1人で見てるだけだったのですが、その後、友人達を自宅に招待して上映会をしました。
ポルノのおかげで友人達からまた尊敬されるようになりました。
お小遣いをすべてあげるからビデオを1本譲ってくれないかと頼んで来る友人までいました。
ダ・ヴィンチは1本も譲ってあげませんでした。w
青春期の男達にとってはお金よりポルノのほうが欲しいのです。
ダ・ヴィンチには、ポルノ知識を教えてくれたり、本、ビデオをくれる近所のお兄さんがいました。
エロの支援者です。
支援者がいたのでポルノには困ることがない生活でした。
より一層にポルノの道を突き進んで行きました。
ポルノの英才教育を受けながら育ちました。
エロの東大があれば、主席合格していたと思います。笑
それくらいポルノに没頭した青春期でした。
ダ・ヴィンチのエロ知識とエロ本、ビデオを貸してあげて友人達から慕われ、人気者になれました。
オナ猿の親玉的存在です。
ポルノの恐ろしいほど人を引き付ける力を当時は自分の力だと誤解してました。
15歳で初体験をしてからは、セックスに明け暮れる日々でした。
18歳から風俗遊び、売春にハマり出しました。
風俗だけでは我慢できなく、色々なジャンルに興味を持ち実際にやるようになりました。
SM 、ハメ録り、ナンパ、野外プレー、スワッピング、乱交、とポルノの虜になってました。
むちゃくちゃなセックスしてたので性病になる事もありました。
セックス依存症というより、今までの人生がポルノであり依存とかそういうレベルではありません。
生まれて29年、考えてみれば、ダ・ヴィンチはポルノと共に歩んで来たようなものです。
そんなダ・ヴィンチですが半信半疑で始めたオナ禁が想像を超える良い効果があり2019年の現在にいたります。
今はオナ禁戦士として新たなる人生の挑戦をしています。
このまま、長期断射をしていて、セクリセでもしたら、今までの反動でより強大にポルノにのみ込まれてしまうじゃないかと思っています。
これは、長期断射のデメリットです。
とりあえず、セクリセして射精しようと最近は思っていました。
でも「オナ禁へのいざなり」でエロの排除と言っておきながら、ダ・ヴィンチも出来てなかったです。
だからもう少し断射やろうと思います。
目指すは完全断射の1年間です。
エロ妄想にひたりなが射精しないで残りの100日間を過ごすのなんて簡単の事です。
このままやっていてもなんとなく、1年間完全断射でオナ禁をやりました。
というだけである。
ダ・ヴィンチの今後の100日間、オナ禁ルールはこれです。
・完全断射で1年間
・夢精もなしで射精0での1年間
(最近、毎日朝勃ちが日課になってるので射精しないかは運任せなとこあるが夢精したらリセットです。)
・残り100日間は完全なるエロ禁、エロい妄想もなし、ポルノ動画厳禁、エロ本厳禁にする。
突然、頭にやってくるエロ妄想も雑念と見なし妄想に付き合わない。
すぐにエロ雑念を消すようにする。
ブログ記事のオナ禁日数報告のみポルノ表現ありにします。笑
ダ・ヴィンチのオナ禁ルールは以上です。
完全断射+完全エロ禁をすることにより、ハードモードより先の高次元モードです。
これによりさらなる、オナ禁効果を手に入れようと思っています。
この先にある未来はどうなるのかはまったく予想できません。
完成断射の反動でポルノ魔王になる可能性だってあります。笑
これより、ダ・ヴィンチの完全断射最終章をはじめます。
「オナ禁へのいざなり」はお休みして完全断射にてダ・ヴィンチが気がついた効果、感想を日数報告しながら書いて行きます。
以上。。
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